カルチャー

【わたしの30km地点 浅野美奈弥さん 前編】辛い経験も力に変えていく 走ることで見つけた新しい私の可能性

w7634c57

フルマラソンの30km地点は、身体的にも精神的にも苦しいひとつの壁とされています。
そんな「30kmの壁」になぞらえ、ランナーの方々がこれまでに直面した葛藤や岐路に焦点を当てた「わたしの30km地点」。悩んだ末に選んだ道のりのなかで、「走ること」がどのような支えとなり、変化をもたらしたかについてお聞きします。

今回は、モデル・料理家・経営者など多彩な領域で活躍する浅野美奈弥さんにお話を伺いました。
前編では、ランニングを始めた理由や浅野さんの経営するケータリングサービス「美菜屋」の歩みに迫ります。

「自分を変えたい」。負のループから抜け出すためのフルマラソン挑戦

モデルのお仕事がメインだった20代前半、毎週の体重測定や採寸へのプレッシャーから、過度なダイエットを続けて体調を崩してしまったという浅野さん。食の勉強を始めるきっかけにもなったその挫折を経て、沈んだ心を上向きに変えてくれたのがランニングでした。

——まずはじめに、ランニングを始めたきっかけを教えてください。

ちょうどモデルに復帰するタイミングで、「ハーフマラソンを走ってみませんか」というお仕事のオファーをいただいたのがきっかけです。当時は全く運動をしていなかったのですが、せっかく出場するなら“ハーフ”ではなく“フル”マラソンに挑戦したいと思い、参加を決めました。

——体調を崩された直後で、練習期間もわずか3ヶ月しかなかったと伺いました。それでもフルマラソンにチャレンジしようと思えたのは、なぜだったんでしょうか。 

モデル活動では、毎日いくつものオーディションを受けては落ちるという悔しい状況が続いていました。その原因を「太っているから」「かわいくないから」「顔が大きいから」と自分の容姿にばかり求めてしまって。自己否定を繰り返し、すり減った心では当然良い結果は出ず、気付けば負のループから抜け出せなくなっていました。

そんななか、貴重な挑戦の場をいただいて、新しい自分に変われるチャンスかもしれないと思ったんです。

ランニングが与えてくれた「なんでもできる」という自信

——実際、フルマラソンを走ったことでご自身が変わった感覚はありましたか? 

すごくありました。ずっと抱えていた暗い気持ちがきれいに晴れて、「今の私なら、なんでもできる気がする!」という前向きなマインドになれたんです。
マラソン自体は本当に辛かったのですが、初心者ながら好タイムで完走でき、表彰してもらえたことが大きな自信につながりました。 
この経験があったからこそ、料理家という新しい道にも進むことができたと感じています。

——偶然のきっかけから始めたランニングですが、その後も長年にわたって続けられていますよね。

初マラソンの後、帰りの新幹線で次のマラソンのエントリーをするほどすっかりハマってしまいました(笑)。あの達成感をもう一度味わいたいと思って。今でも大会に出ることは、ひとつのモチベーションになっていますね。

数値的な記録を更新することもうれしいですが、“常に挑戦し続けていること”が私の自信を支えてくれているような気がします。

新しいアイデアに遊びの時間は欠かせない

——「美菜屋」を立ち上げる時期はお忙しかったと思いますが、その間もランニングはされていたんですか? 

あの頃は、深夜まで友達と遊んだ後、夜中の2時から仕込みと出荷作業をし、家に帰って少し睡眠をとってからランニング、といったスケジュールでした。起きてすぐに走り出せるような格好で寝たりして、1日のどこかには必ず走る予定を入れるよう工夫していましたね。


——走ることに対するストイックさに加え、友人との時間もしっかり確保されていることに驚きました。真っ先にそこを削ってしまいそうですが、遊びの時間も大事にされていたんですか?

私にとって遊びの時間は、絶対に欠かせない大切なものです。 

ライブに行ったり友達と会ったりすることが、仕事の原動力になっているし、つくるものへの影響もすごく大きいんです。 例えば、フェスでたくさんの音楽を楽しんだ翌日は、自然とポップでかわいいお弁当ができあがります。

日々のいろんなインプットがあるから、新しいアイデアが湧いてくるんですよね。 

やりたいことはあきらめない。ランニングで培った一歩踏み出すエネルギー

——お話を聞いていて、ご自身の体や心をとてもよく理解している印象を持ちましたが、「やりたいことがわからない」という感覚に陥ることはないですか? 

うーん、そういう感覚はあまりないですね。むしろやりたいことがありすぎて困るくらいですが、なにかをあきらめたりせず、できるだけ全部実現したいと思っています。

苦しい経験も未来の自分をつくる糧になるから

——浅野さんにとって、これまでの歩みにおける30km地点(最も辛かったり、葛藤したりした時期)はいつでしたか? 

美菜屋を法人化して、スタッフを雇うようになったタイミングですね。 

——法人化の背景には、どのような経緯があったのでしょうか。 

女性として今後のライフステージの変化を想像したとき、ずっと現場に立ち続けることには限界があると感じたんです。

もちろん、一人でできる範囲でマイペースに続けていく道もありました。でも、「食で心身を健康にきれいにする」という美菜屋の想いをこれからもできる限りたくさんの人に届けたいと思って。

それを実現するためには、仲間をつくってチームとして活動していく必要があると考え、法人化を決意しました。

経営を学んでいたわけではなく、これもまた勢いで行動したので、 未経験のことだらけで最初はバタバタでしたね。 

——なかでも乗り越えるのが大変だった出来事はなんですか?

一番辛かったのは、自分ではコントロールできない壁にぶつかったときです。コロナの影響でオーダーが全部なくなってしまったり、初めて迎え入れたスタッフが辞めてしまったり……。

特にスタッフの離職に関しては、大失恋をしたようなショックで涙が止まらず、しばらく立ち直れませんでした。振り返れば、もっとできることがあったと思うんですが、当時は知識も経験もなくただ受け入れるしかなかったんです。社員全員の人生を背負わないと、というプレッシャーも強く感じていました。

経営者としてさまざまな経験を経て今は、ここでめいっぱいの経験を積んでもらい、いつか別の道に進むタイミングが来ても、気持ちよく送り出せるような会社でありたいと思っています。 仲間が離れていく辛さには今でも慣れませんが、美菜屋で得たものが次の場所でも評価されたり、活躍の武器になったりしたらうれしいです。 

——組織をつくると「やりたいこと」だけではなく、「やらないといけないこと」も増えると思いますが、そうした業務にはどのように向き合っていますか?

やらないといけないことは山ほどありますが、私にとってはそれも含めて楽しい挑戦です。大変さ以上に、「これを乗り越えたら、自分の世界がもっと広がるかもしれない」とワクワクする気持ちの方が大きいんですよね。

どんなに辛い出来事も、かけがえない経験として今後の糧になる。これはランニングが教えてくれたことでもあります。

後編では、浅野さんが主宰するランニングコミュニティ「GOGIRL」や新店舗「Cadeli」にこめた想いについてお聞きしました。

後編はコチラ
※2027/10/28公開


PROFILE

浅野 美奈弥(Asano Minami)

1991年、北海道生まれ。10代からスタートさせたモデル活動のかたわら、2019年に「美菜屋」を起業。ロケ弁やケータリング事業の展開に加え、2026年7月には新店舗「Cadeli」をオープン。また、女性限定のランニングコミュニティ「GOGIRL」を主宰し、自身もフルマラソンを10回以上完走するなど、ランナーとしても活動中。

Instagram:@minami_asano


この記事を書いた人
RUN.MEDIA編集部
RUN.MEDIA編集部
記事URLをコピーしました